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| ドッペルゲンガー、ではなく。 |
ついに、問題の2次試験も終わりました。 最初に面接、続いてゴハン(!)、午後から筆記試験。 なんだかのんびりしているスケジュール。
事前に情報収集した試験対策など全く何の意味も持たない「猫だまし」的な問題。 ざっくり考えればこれほどカンタンな問題はないのですが、そういう問題は一度深読みするとどんどん深みにハマってさあ大変、になってしまうもので。 技術・知識でなく観念論を問われてしまうと、人間は発狂するもののようです。。
そんなこんなで「通称:腹カゼ」などひきつつ(母親には「アンタの選ぶ住環境なんかそんなモン♪」と笑顔でスルーされ、おつかいの用事を言いつけられました…笑)、台風もブッ飛びつつ。 無事に試験が終わったのを待って、親友の家に遊びに行きました。 吹石一恵似の彼女はおっとりのんびりマイペース、だったはずでした。 少なくとも2,3年前までは。。 ところが突然結婚、翌年の年賀状にはダンナ様と愛娘の3人の写真が写っているという、ときどきものすごいフルスロットルに人生のイベントを駆け抜ける人でもあったのです。
約1年ぶりの再会。 「ミルクしか飲めなかった赤ちゃん」は「笑顔でうどんを手づかみで食べる赤ちゃん」に成長。 それなのに私のことは覚えていたようで。 カワイイやねー、おっきくなったねー、などと言いつつアルバムをめくっていた時。 なんかこう…しっくりこない違和感に近いものを感じました。
20年後の彼女に会った事があるはずだぞ私。
その発想はあまりにもSFっぽくて、自分でもつい笑ってしまったのですが、それは確信に近いもので。 否定すればするほどリアルになるあたり、小説かマンガの中学生の片思いのようです。 雑誌のモデルか?イラストか?駅のポスターか?近所のコンビニの店員さんか? こういう時の脳の回転速度はスーパーコンピューターを軽々超えるといいますが、記憶を掘り起こせば掘り起こすほど鳥肌が立つのはどうした事でしょうか。。 そして、答えが出ると、なぜ大声になるのでしょうか。。。
写真集のようなアルバムの中のあどけない顔を成長させると、 「ファミリー」の「養女」そっくりになるのです。
親友に「養女」の写メを黙って見せたところ 「あらぁ?アタシに妹っていたかしらー?」。 …暫く凝視し、 「ウチのコがおっきくなったらこんなよねー」。。 …そして 「なんでこんなに似てるのー?」。。。
いやソレは私も知りたい…。 できる事なら「養女」を連れて行きたい。会わせたい。。
台風一過の、すっきりとした夕方のことでした。
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